東京地方裁判所 昭和45年(ワ)8505号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕右事実によれば、被告山崎には、自動車運転者として駐車車両の傍に人影があることを認めたのであるから、歩行者が道路を横断する可能性のあることをも考慮し、減速し警音器を鳴らし、前方を常に注視すべき業務上の注意義務を怠つた過失が認められ、原告には、加害車が接近してから道路を横断した過失が認められる。両者の過失割合は、原告三対被告山崎七を以て相当と認める。
なお、被告らは、原告の親権者純雄の監護者としての過失を主張するのであるが、過失相殺は、損害の公平な分担という見地から妥当な損害額を算定するための調整的機能を果すべき制度であり、民法七二二条二項にいわゆる「被害者の過失」は加害者側の賠償額を軽減させる一標識として理解するのが相当である。したがつて、「過失相殺における過失」は非難可能性を意味する伝統的構成による過失ではなく、客観的注意義務違反として、その概念の外延を広く理解すべきであり、責任能力はもとより、事理弁識能力も必要ではなく、幼児あるいは精神病者の行為についてもその行為が事故発生に有因的に作用している場合には端的に幼児あるいは精神病者の過失として斟酌しうるものと解すべきである。けだし、監護義務者が幼児を放置したことを以て過失とする立場を貫くと、事故時点における幼児の行為態様の如何は賠償額算定に際して斟酌されず、むしろ事故時以前の加害者には関係のないところでなされた監護義務違反の行為態様が斟酌されるべきことになつて、損害の公平な分担という制度目的に副わない結果となるからである。また、抽象的に監護者を危険圏内においたことを以て監護義務違反とする立場は、現実には被監護者の具体的な行為態様を斟酌することになるのであつて、然りとすれば、監護義務者の抽象的な監護義務ではなく、端的に被監護者の所為を斟酌すべきである。
更に、過失相殺の類型化・定型化を推進するためには、事故態様すなわち加害者・被害者の行為態様から定型的に過失の有無と程度とを判断すべきであつて、そのためには過失相殺に関しては事理弁識能力のない幼児あるいは精神病者あるいは老人であることは、道路交通法七一条二号の趣旨に照らし、過失割合の修正要素として考慮すべきものと解するのが相当である (篠田省二)